Ways of Seeingは、新たな視点や深い洞察を通して、アートの楽しみ方や日常での豊かな気づきを引き出すことを目的としたプログラムです。アートの外側からの視点をもたらしてくれる多彩なゲストとともに、アート、あるいはアーティストを考察していきます。
第3回となる今回は、リナ・バネルジーの個展「“You made me leave home…」に合わせて、「音を通して、いつものまちを再編集する」と題したフィールドレコーディングとサウンドスケープの概念を学ぶワークショップを開催しました。

コラボレーターには、国内外の都市を横断しながら活動するデザインスタジオ〈for Cities〉の石川由佳子さんと杉田真理子さん、そしてギタリスト・サウンドアーティスト・都市音楽家として活動する田中堅大さんを迎えました。
表参道を「音」で歩く
リナ・バネルジーは、インド(コルカタ)に生まれ、米国(ニューヨーク)を拠点に活動するアーティストです。彫刻、インスタレーション、ドローイングと、表現手法は変遷しながらも一貫して移民性や多文化性、ジェンダー、帝国主義といった「ポスト・コロニアル以後」の世界をテーマに、作品へと反映してきました。1990年代後半、旧植民地圏のアーティストが世界的に紹介されはじめたポストコロニアリズムの潮流のなかで注目を集め、以来世界各地で活躍しています。

また、南アジア系ディアスポラであることを背景に、異なる文化を横断しながら、世界をめぐる“旅”そのものをかたちにしてきました。それは物理的な場所の移動だけでなく、アイデンティティや歴史のあいだを行き来し、自らの立ち位置や視点を変えていく旅でもあります。
今回のワークショップでは、そうした“視点の変化”によって世界をめぐること ── 近くにいながら遠くへ旅をすること ── と「表参道を象徴する音(=サウンドマーク)」を探すことを重ね合わせ、参加者に“この街の外側の人”として表参道を観察してもらいました。
見慣れた街ほど、新鮮な気持ちで眺めるのは難しいものです。表参道は、さまざまなメディアを通してすでに多くの人が“視覚的”に知っている街です。ましてや毎日そこに通う人たちにとって、この街は“もう見尽くした場所”でもあります。

しかし、視点を「目」から「耳」に移してみるとどうでしょうか。音で街を捉え直すと、「表参道ってこんな音がするの?」という驚きが、意外なほど多くの自然の音とともに立ち上がってきます。
音は悪者ではなく文化的な風景
ワークショップは、まず全員で目を閉じて15秒間、耳を澄ませるところから始まりました。普段は視覚情報に頼りきっているわたしたちも、実は常に無数の音に囲まれて生きている。石川さんはそう語りかけます。
興味深いのは、一枚の街の写真を見せられただけで、参加者が「足音」「話し声」「信号の音」を自然に想像できたことです。「わたしたちは、音と自分の体験をセットで記憶しています。同じ環境や文化を共有しているからこそ、この風景にはこの音という共通項が生まれます」(石川さん)。

ここで鍵になるのが「サウンドスケープ」という概念です。現代音楽の作曲家であり、サウンドスケープの提唱者でもあるR・マリー・シェーファーによる造語で、風景(ランドスケープ)と音(サウンド)を組み合わせたもの。1960〜70年代、世界が急速に都市化して騒音が公害として問題視された時代に、音を「排除すべき悪者」ではなく、「文化的な風景」と捉え直す可能性を切り開いた考え方です。
石川さんは、for Citiesがこれまでに世界各地で企画したサウンドスケープの事例を紹介してくれました。木々を植えて鳥を呼び込み、環境そのものから心地よさを設計する公園。写真ではなく「音」で街を保存するナイロビのアーカイブ。そこには、音を直接つくる/消すだけではない、環境からアプローチする都市デザインの奥行きが感じられます。

「ありのまま」を録らなくてもいい
サウンドスケープのレクチャーを終えたら、エスパス ルイ・ヴィトン東京で開催中の「“You made me leave home…」展をスタッフの解説とともにスペシャル・ビューイング。
リナの大規模な個展が日本で開かれるのは、今回が初めてのことです。会場には、「人の移動と物の移動」をテーマとするインスタレーションや彫刻、絵画が並びます。
展示作品のひとつ《Black Noodles》(2023年)は、米国に流通する人毛の8割がインド女性の髪だという事実に着想を得た作品。ウィッグやエクステとして髪が国境を越えて売買される現実を、リナは搾取として批判するだけでなく、ある人から切り離された髪が別の土地で別の意味をまとい、新しい生き物として生き直す。そのダイナミックさを捉えています。
貝殻とロープで海底のような風景をつくり、髪を魚のヒレのように配して、髪型を変えることで別の自分になろうとする人の気持ちの動きと、そのための物自体の動きが重ねられています。

もうひとつの大作(上・写真中央)の《In an unnatural storm a world fertile,…》(2008年)は、ジュール・ヴェルヌの小説『八十日間世界一周』から着想したもの。移動手段が急速に発達した時代の冒険譚を下敷きに、旅の高揚感とトラブルや不安がつきまとう恐怖の両面性を表現しています。気球を思わせる最上部、世界中からかき集められた物が密集する中間部、瓶や貝殻で街と道筋を再構成した地上部という三層構造で、旅そのものが立体化されています。
リナの作品にはしばしば50語を超える詩のようなタイトルが付けられています。それは、移民として「あなたの英語は英語ではない」と言われ続けた経験を創作のインスピレーションに変え、植民地の言語であった英語を自分の手で揉みほぐし、読み替えていく試み。タイトルそのものが、作品のもうひとつのレイヤーとして機能しているのです。
これらの作品はいずれも、既製品を見つけてきて組み合わせる「ファウンド・オブジェ」の手法によるもの。形の均質化に向かう近代化に対し、ひとつとして同じ形のない、多様な自然素材が好んで使われています。
街で見つけた音を組み合わせる今回のフィールドレコーディングは、いわば“ファウンド・サウンド”のワークショップ。リナの制作手法とも響き合う試みです。

鑑賞後、録音機材を手にした参加者は、「表参道を象徴する音(=サウンドマーク)」を探しに出かけました。「フィールドレコーディングは、写真撮影と同じ。現実をありのままに録らなくてもいいんです」と田中さんは参加者に投げかけます。
素敵だと感じたら素敵に、居心地が悪いと感じたらそのように、「現実を自分なりに編集して録る」ことで記録はより豊かなものになる。だからこそ「どんな音を撮ろうとしているか」という意図を最初にもつことが大事になります。
「機材を持つとワクワクするけれど、実際にやってみると録音作業はとても地味で、ストイックな営みです。周りから『あの人、なにしてるの?』という視線を感じることもありますが、それでも忍耐強く耳を傾ける時間こそが、街との新しい関係を結び直してくれます」と田中さんは参加者の背中を押します。

表参道なのに、あえて人がいないように録ってみる。動物の音ばかりを集めてみる。心地よい音として聞くのか、不快な音として聞くのか。その選択自体が、街の見方を編集する行為になります。
同じ音でも、人によって知覚はまったく異なります。「硬い」「ゴツゴツしている」「ザラザラして不快」、あるいは「スムースで柔らかい」。 for Citiesが用意した「音を形や質感で捉えるエクササイズ」で、その主観のズレをあえて可視化していきました。
減った音が聞かせてくれたもの
国内外の各地でサウンドスケープのワークショップを行うなかで、杉田さんはコロナ禍で人間の活動音が減ったとき、「街中の昆虫や鳥の音を聞きたくなった」という参加者からの声があった、と印象的なエピソードを語ってくれました。

田中さんも、あの時期に環境音やゆったりした音楽へ注目が集まり、自分の過ごす街をどんな感覚で捉えるか、という意識が静かに芽生えたと振り返ります。
日常の音が失われて初めて、わたしたちはそこにあった音の豊かさに気づくのかもしれません。
「音は、時間とともに移ろっていきます。例えば、ケニアの首都であり最大の都市でもあるナイロビでは急速に開発が進み、いま録った音が25年後にはまったく違うものになっているかもしれない。だからこそ音で街の風景を残す意味があります」と杉田さんは言います。

イベント終盤では、参加者が集めた表参道の音を聞きながら、異なる土地の音を交換し、混ぜ合わせて架空の物語を描く「サウンドフィクション」の試みも紹介されました。
街中は人工の音であふれています。けれど、そのなかに自然の音を見つけたとき、あるいは一本裏の通りに入って街の表情が変わったとき、見慣れたはずの表参道はまったく別の顔で立ち現れます。
耳を開くことは、見慣れた世界を編集し直すこと。この日集められた音は、後日一曲の音楽へと生まれ変わります。それは参加者一人ひとりが「外側の視点」で聴き取った、もうひとつの表参道の姿として。
リナ・バネルジー「“You made me leave home…」展
会期:– 2026年9月13日(日)
会場:エスパス ルイ・ヴィトン東京(東京都渋谷区神宮前5-7-5 ルイ·ヴィトン表参道ビル 7F)
開館時間:12:00 - 20:00
休館日はルイ·ヴィトン 表参道店に準じます。
入場無料
Collaborator's Profile
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for Cities
一般社団法人for Cities は、東京・京都に活動拠点をもつ都市体験のデザインスタジオ。国内外の、建築やまちづくり分野でのリサーチから企画・編集、教育プログラムの開発まで、国や分野を超えて「都市」の日常を豊かにすることを目指して活動している。都市に関わるプロジェクトや実践者を収集するプラットフォーム「forcities.org」を通した国内外のアーバニストたちとのネットワークを活かし、これまでに、これからの都市を考えるうえで必要なスキルを学ぶ学びの場「Urbanist School」や展覧会「for Cities Week」を東京・ナイロビ・カイロ・ホーチミンなど国内外の都市で実施。若手の人材育成などの独自企画ほか、行政や民間企業、大学などと共にさまざまな種類の活動を行なっている。
for Cities:Website / Instagram
石川由佳子:https://linktr.ee/YukakoIshikawa
杉田真理子:https://linktr.ee/MarikoSugita---
田中堅大|Kenta Tanaka
1993年東京都生まれ。ブリュッセルと東京を拠点にする都市音楽家/サウンドアーティスト/ギタリスト。都市の現象を、音楽やサウンドアートに応用する「都市作曲(Urban Composition)」の可能性を模索している。主な作品として、複数の都市の連動性を模索する「Urban Flou」(Mercerie、ブリュッセル 2024)、都市のオブジェクトを可聴化する「Algorithmic Urban Composition」(CCRMA、カリフォルニア 2019)など、これまでベルギー、スペイン、フランス、アメリカ、ケニアなど国内外でサウンドアート作品の展示発表を行っている。 音楽家として、都市の環境音を通奏低音に、モジュラーシンセサイザーとギターの変調音を並行させることで音楽制作を行っている。主な音楽作品として、「Poetics of Non-Savoir」(2025)がある。音楽を取り巻く環境への批評zine『jingle』の企画・編集・デザインや、26人のメンバーから構成される現代版オーケストラ蓮沼執太フルフィルへの参加など、音と音楽を中心に多岐に渡る活動を行っている。 慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科エクス・デザインプログラム修了(デザイン)。 ベルギーゲント王立芸術アカデミー/音楽院 European Postgraduate Arts in Sound修了(サウンド)。
田中堅大:kentatanaka.com




