
声に導かれて世界を一周する ── Ways of Seeing: Espace Louis Vuitton Tokyo #4 Report

速さへの信仰と未知への好奇心
「わたしたちは理屈では説明のできない生きものです。でも、だからこそ、旅はおもしろい。今日は、そんな旅のお話をひとつ」
川崎さんのイントロダクションを締めくくるこのひと言で、舞台は近代化の波が押し寄せる19世紀のイギリスへと移っていきます。
観客が囲んで座るのは、ひときわ目を引く《In an unnatural storm a world fertile,…》(2008年)。演目の『八十日間世界一周』は、この作品の着想源となった小説です。この大作のもとで、それぞれの八十日間の旅が始まりました。

川崎ゆり子|Yuriko Kawasaki
1991年生まれ、福島県出身。大学在学中の2011年より舞台俳優としての活動を開始。主な出演作に映画『PERFECT DAYS』(2023年)、『四月の永い夢』(2018年)、舞台『ΛΛΛ かえりの合図、まってた食卓、そこ、きっと―』(2014年初演)がある。2026年には、出演した短編映画『便利な』が第34回レインダンス映画祭に入選。今後も映像や舞台を中心に幅広い活躍が期待される。
Instagram: @kawasaki__yuriko

舞台は19世紀のロンドン。何事も時計のように正確にこなす謎めいた資産家フィリアス・フォッグは、社交クラブで「八十日あれば世界を一周できる」と言い、全財産の半分(2万ポンド)を賭けて、その日のうちに旅立ちます。
お供は、雇われたばかりの陽気なフランス人従者ジャン・パスパルトゥー。二人は蒸気船や鉄道、ときには象を乗り継ぎ、スエズ、インド、香港、横浜、アメリカ大陸と東へ進みます。ところが、その背後では刑事フィックスが一行を追っていました。時を同じくしてロンドンで起きた銀行強盗の犯人はフォッグではないかと疑い、逮捕の機会をうかがっているのです。
交通機関の遅れや思わぬトラブルに加え、道中で出会う人々が旅の行方を左右します。そのたびにフォッグは、冷静さと大胆な決断で乗り切ろうとします。果たして一行は、八十日以内にロンドンへ戻ってこられるのか ── 。
この小説が発表されたのは1872年(出版は1873年)。産業革命がもたらした速さへの信仰と未知への好奇心を、ジュール・ヴェルヌは冒険譚のかたちに閉じ込めました。
読み手は、〈マームとジプシー〉の舞台をはじめ、映画や自主企画の朗読劇でも活動する川崎ゆり子さん。国内外の公演や海外移住といった自身の経験を重ねながら、冒険小説の古典を読みました。



朗読と演劇の交差点
朗読劇は、演出や装置を簡略化して役を演じるリーディング上演との境界を曖昧にしながら、演劇のなかで独自のジャンルとして育ってきました。観客は、声の抑揚、息づかい、ことばのリズムに耳を澄ませます。情景や人物の姿は、観客自身の想像力のなかで浮かび上がってくる。「心の中の劇場(Theatre of the Mind)」と呼ばれるゆえんです。
今回の唯一の舞台装置は、観客が囲んで座った作品そのもの。天井から吊られたスチールのドームの下へ、滝のようにものの群れが広がります。木の椅子、ガラスのシャンデリア、薬瓶、ダチョウの卵、ヒョウタン、地球儀、ハトの羽根でつくった扇、中国の傘、真鍮の照明、動物のミニチュア、陶器の角……。有機物も工業製品も日常品も、世界各地で拾い集められたファウンド・オブジェとして、ひとつの集合体(アサンブラージュ)に同居しています。
リナ・バネルジーは、インド、イギリス、アメリカと移動しながら活動するアーティストです。故郷を離れて生きるディアスポラとしてつねに異邦人の側に立ち、植民地主義の遺産や文化的な移動、ジェンダーの不平等をテーマにしています。世界各地で集めた素材を組み合わせ、グローバル化する社会のなかの「自己」を問い直してきました。その代表作が、《In an unnatural storm a world fertile,…》です。
Videography|Kohei Soeda, Sound|Noritaka Suzuki, Rentaro Shono, Music|Kenta Tanaka, James Macaulay
Planning|Espace Louis Vuitton Tokyo, Takram


声に導かれる旅
オープニングとクロージングに流れた楽曲は、〈Ways of Seeing〉第3回のワークショップから生まれたものです。参加者が表参道を歩いてフィールドレコーディングした音を素材に、見慣れた街を耳で再編集しました。前回の問い「近くにいながら遠くへ行く」が、声に導かれる旅の伴奏になりました。
終演後のミートアップでは、参加者がシャンパングラスやコーヒーカップを片手に感想を交わし、話はなかなか途切れませんでした。朗読を聴くつもりで来たら“劇”だった、という声がいくつも聞こえ、その興奮がまだ会場に残っていました。



テクノロジーの発達によって、移動はずっと容易になりました。いまの世界一周は、フォッグの賭けとも、リナの越境とも異なる速さで通り過ぎていきます。けれど、声に導かれる旅では、速さを選べません。ページを戻ることも、飛ばすことも、本を閉じることもできない。観客は読者としての主導権をいったん手放し、声のリズムで八十日間を進みました。
川崎さんが書き下ろした脚本は、その旅の終わりに、イントロダクションのことばへ戻ってきます。
「人はたとえ、まったく意味がなくても、世界を一周するのではないだろうか? わたしたちは、理屈で説明のできる生きものではないのだから」

本イベント・展覧会は終了しております
Ways of Seeing|Espace Louis Vuitton Tokyo #4 On Reading『八十日間世界一周』朗読
朗読:川崎ゆり子
開催日:2026年8月28日(金)20:00 - 21:30/8月29日(土)10:00 - 11:30
会場:エスパス ルイ・ヴィトン東京(東京都渋谷区神宮前5-7-5 ルイ·ヴィトン表参道ビル 7F)
------
リナ・バネルジー「“You made me leave home…」展
会期:2026年3月19日(木)- 9月13日(日)
会場:エスパス ルイ・ヴィトン東京(東京都渋谷区神宮前5-7-5 ルイ·ヴィトン表参道ビル 7F)
------
Takramは、10/24(土)から始まるエスパス ルイ・ヴィトン東京でのプログラムInSitu2-Ibashoに企画協力しております。プログラムの詳細は、後日SNS等で発信いたします。




