黒いプラスチックは悪? 「つくる側・東京」と「捨てる側・ローカル」の分断
田仲 薫(Takram) 本日は〈株式会社ごみの学校〉代表の寺井正幸さんをお招きしました。まずは簡単に自己紹介をお願いできますか?
寺井正幸さん(ごみの学校) わたしが代表を務める株式会社ごみの学校は「ごみを開いて、ワクワクする社会をつくる」ことをめざしている組織です。自治体と連携してごみ削減の事業を行ったり、企業と一緒に「ごみを産まないサプライチェーン」の支援をしたりしています。また、「ひらけごみ!」というポッドキャストで、デザイナーの方々に知ってほしい素材の裏側や、循環の仕組みをマニアックに解説しています。
田仲 以前、Takramのメンバーと寺井さんでミーティングをしたとき、素材の「色」についての話がとても印象的でした。
寺井さん そうですね。プラスチックをリサイクルする際、工場では遠赤外線を使って光の反射で素材を選別する技術を使っています。「黒色」は光をすべて吸収してしまうため、リサイクルの判別が非常に難しいんです。だから、ごみ処理の現場では「黒のプラを使うってセンスねぇな」と思われがちなんですよ。
田仲 デザイナーは「長く使えるように」「飽きがこないように」と良かれと思って黒を選んでいることも多いと思います。
寺井さん もし1年程度で捨てられるような短寿命のプロダクトであれば、黒ではなく、もっと循環しやすい素材や色を選んだほうがいい。こういった情報は、デザイナー側にインプットされる機会がほとんどありません。リサイクルの現場にデザイナーさんがいることもないですし、お互いに交流する場がないのが現状です。あるいは、デザイナーが多い東京や大都市と、ごみについての課題が多いローカルのコミュニケーションが少ないと思っています。
田仲 確かに、デザインの世界と廃棄・処理の世界では、普段使っている言葉も全然違いますよね。「サーキュラー(循環)」とか「リジェネラティブ(再生成)」といった言葉で会話しているわけではないというか。
寺井さん 現場では「これ分別しづらいな、めんどくせぇな」というレベルで語られていますからね。共通言語や対話の場がないという大きな構造的課題を解決しようと思って始めたのが、ごみの学校です。この活動がデザインを考えるうえでの肥料になればなと思ってやっています。 本日は〈株式会社ごみの学校〉代表の寺井正幸さんをお招きしました。まずは簡単に自己紹介をお願いできますか?

「循環型デザイン」が生き残りやすい流通を考える
田仲 メーカーにおいても循環型デザインへの理解は進んできたものの、実際にものづくりが劇的に変わる、というところまでは至っていないように思います。どんな壁があるのでしょう?
寺井さん 大企業の方もデザイナーさんも、コンセプトにはめちゃめちゃ共感してくれます。でも、いざ商品化となると「コストと品質」、そして「それが事業として成り立つのか」という大きな壁にぶつかります。
いちばん厳しいのは、いまの流通や販売が「大量生産・大量消費」を前提としている点です。大規模につくって、大規模な小売りに置き、何万人にも買ってもらうことで単価を下げるモデルですね。
一方で、循環型デザインの強みは「誰か1人に長く使ってもらうこと」だったりするので、この既存のシステムにはめた瞬間に、相性が悪くて生き残れないんです。
菅野恵美(Takram) 「循環性のあるデザインが生き残りやすい流通」を考えるとすると、例えばコンビニにファブラボのような修理するステーションがくっついているようなイメージでしょうか?
寺井さん そうだと思います。例えば、わたしの地元の京都府亀岡市では「リペアカフェ」という取り組みをやっています。地域の人が月1回集まって、壊れたものを自由に直すイベントで、年間600〜700人が来てくれます。みなさんおっしゃるのは、「ミシンを一家に1台所有するのはコスパが悪い。でも地域に1個はあって欲しい」ということ。機能に対するニーズは変わらないですが、その求め方が変わってきています。

菅野 一昨年、台湾の「古風小白屋」という修理小屋を見に行ったときも同じような光景がありました。退職したエンジニアのおじさんたちが、若い大学生のヘアアイロンを直してあげて、その大学生が「癒される」と言って帰っていく。SheinやTemuとか「ウルトラ・ファストファッション」と呼ばれるものが流行るなかで、その対極にあるような行為の価値が実感されている。素敵な現象だなと思いました。
寺井さん 亀岡でも同じことが起きています。元大手メーカーの70代のエンジニアのおじいちゃんが、3歳の子どもの壊れたプラレールを直してあげて、ある日その子から感謝状をもらっていたんです。あるいは移住者にとって知り合いを増やしやすい場になっていたり。お金を中心とした資本主義のなかでは、この行いに値段はつけられませんが、コミュニティとしての「確かな価値」を生んでいる気がします。
スケールさせない「ローカルでの小規模な流通」が生む新しいまちの個性
山田水香(Takram) こういったコミュニティの見えない価値をスケール化させるのは難しい。適度な人数感で回るからこその価値ってありますよね。
寺井さん デザイナーさんたちを見ていると、デザインの延長線にスケールがあるとすごく窮屈なんじゃないかと思います。オペレーション標準化、効率よく量産していこうという話になる。
本来、一人ひとりにベストマッチしたものをつくるほうが満足度が高いとわかりつつ、スケールを前提とするといろんな制約が増えますよね。「多ければいい」という考え方をシフトチェンジしない限り、いろんな課題は残り続けると思っているんですが、みなさん側から見ると「スケールさせる」ことをどう捉えているのでしょう。
山田 わたしはWebやデジタルを専門としているので、数字やスケールの前提はありつつ、ごみとは直接は結びつかない領域ではあります。でも、デジタルプロダクトの世界でも、とにかくユーザー数を増やすのではなく、Life Time Value(LTV)を指標にするほうがいいという考えをもつ人は一定数います。個人的にはしっかり刺さる人に長く使ってもらえるプロダクトのほうが価値に深みが出るというふうに考えています。
菅野 わたしは前職が広告代理店だったので、まさに「スケールさせてなんぼ」の世界にいました。ただ、必ずしも大量生産のデザインも敵に回しきれないという感覚はあって。やっぱり大量生産・低価格でないと手が届かない層が一定数いる。そのインフラとしての価値は認めつつ、リバランスしていかなきゃいけない、ということはその通りだと思っています。
寺井さん 大量消費モデルに依存しているのは、ごみ処理業界も同じなんです。ごみの量がないとリサイクル会社は売上が立たないんですよ。だから「分別を徹底されるとごみが減って困る」と考える社長もいるくらいで。でも、このままでは焼却も埋め立てもいつか限界が来るし、人口は減っていくなかで、どう生き残るか、われわれも苦しい立場にあります。
つくる側と捨てる側、どちらもスケールさせないとしんどいなかで、一緒になって解決策を考えていく必要があるんじゃないか、と考えていて、ぼくは「ローカルでの小規模な流通モデル」に可能性を感じています。
例えば、服やプラを捨てた後にローカルの小さいものづくり会社やリサイクル会社などいくつかのキャッシュポイントを回っていくような。そういうもののほうが合理的になるんじゃないかと思っています。10〜30万人規模の街で、こういった小さな循環を面でつくっていくのがひとつの突破口になる気がします。
田仲 その先で、各街に個性が出てくるといいですね。ものづくりとか「リジェネラティブなプロダクトデザイン」のあり方に宿るということだけでなく、そこに住んでいる人全員の生業を、少しずつズラしていくようなことになるんでしょうね。
菅野 各地域がもっている特性を活かした、「つくる」と「捨てる」の間の活動が増えていくといいですよね。例えば「あそこの街は『金継ぎ』ならぬ『プラ継ぎ』文化があるよね」といったことが新しい街のブランドになっていくとおもしろい。
寺井さん ものづくりやリサイクル会社だけでなく、社会にいる人たち全体のコミュニケーションをどうするか、というのがベースにあって、そのなかでどういう連鎖をつくるか、というのがリジェネラティブデザインやサーキュラーデザインの根本だと思います。
さっきの「プラ継ぎ」でいえば、ぼくらも「ローカルプラスチックコミュニティ」という取り組みで、子どもたちが集めた廃プラスチックを地元のゆるキャラのキーホルダーに加工し、福祉作業所の方々につくってもらって地域で還元する、といった小さな連鎖をつくっています。地域の生物システムみたいに、いろんな人が連鎖して成り立っている生業というものがつくれるとおもしろいんじゃないかと思います。
「つくる側」と「捨てる側」が交わることで、見えていなかった課題や、新しいクリエイティビティの種がたくさん発見できた対話でした。記事では紹介しきれなかった議論やアイデアは、ぜひTakram Castの音声本編でお楽しみください。
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04では、2025年11月にNTT都市開発 デザイン戦略室とTakramとで実施したポップアップスペース〈Authors Harajuku〉の取り組みについて掘り下げていきます。直進する経済と迂回する経済。バザールとクラブ。両極にある概念を往還した試みを振り返りながら、Circular Designの可能性について探索します。
(04 : NTT都市開発 デザイン戦略室との新しいまちづくり編につづく)






