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Sep 13, 2023/Interview

プロトタイピングエンジニアとは何者か
── サクリファイス・プロトタイプがもたらす価値

Takramでは自身が活動するための肩書きタイトルを自分で考えることができますそこには自らが活動していく新しい領域を開拓するという意思が込められています例えばTakramメンバーの成田達哉が名乗るプロトタイピングエンジニアというタイトルを聞いてどのようなことを想像するでしょうかTakramDNAであるエンジニアリングにおいて重要な役割を果たすプロトタイピングそして成田が開拓するプロトタイピングエンジニアという役割について話を訊きました
Credits:
Photography:
  • Yoichi Nagano
Text:
  • Asuka Kawanabe
8min read
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プロトタイプとはコミュニケーションの呼び水

── 成田さんはプロトタイピングエンジニアとして活躍していますがそもそも成田さんが考えるプロトタイピングの役割とは

プロトタイピングは日本語にすると試作です一般的には技術的に想像しているものを一度つくってみてそれが想像しているものと合致しているかどうかを検査するというためのものだと思われています特にハードウェアはアウトプットがモノなので形が成立するのかや正しく機能するのか製造可能かといった点を見ていくうえでも重要です

ただプロトタイピングの役割はそれだけではないんですよねモノの価値の検証もそのひとつですTakramの仕事はプロダクトデザインやエンジニアリングそのものだけでなく環境とモノの関係性を総括してデザインをすることだからプロトタイプも製品を通して人とモノ人と人人と環境がどうつながり価値を発揮するかを検証する役割をもちます

もうひとつは感覚の共有ですね会話や紙の資料という方法もありますがアイデアをハードウェアとして目の前に置いた状態でそれを感覚所与として判断しながらコミュニケーションすることも何か新しいものをつくるためには重要だと思っています

特にTakramで仕事をするうえではコミュニケーションの呼び水としてまずは一個つくってみることがポイントになってくるんですそこに特化した働き方ができるのはプロトタイピングエンジニアとしてとても価値があることだと思っています

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── 広い意味での価値検証や感覚の共有にもプロトタイピングは重要なんですねそうした意識はエンジニアリングの世界では一般的なのでしょうか

価値検証に重きを置くエンジニアの方は増えてきているような気がしますただぼくはデザイン分野出身なので自然にやってきたことなんです

── グラフィックデザインのカンプやムードボードもある種のプロトタイプですよね

そうですねエンジニアの主な仕事は仕様を決めてプロダクトをつくるというゴールにどう到達するかを考えることです一方でデザイナーはプロダクトができたあとそれが人にどういう影響を与えるかも考えなくてはなりません与えられたゴールが間違っているかもしれないという問いを立てるところから始まるんですそう考えると無駄でもつくってみて早めにすり合わせていく作業が重要になります

──モノをつくるという目的を一回手段として考えてみると本当の目的は何かという問いにたどりつくわけですね

まさしくそうですねぼくがずっと活動してきたアートやデザインの領域はたとえゴールが明確でなくてもこれいいなという言語化できない感覚を大切にしながらアウトプットをしていく人が多いんですそれは仕事でも一緒でクライアントも言語化できない感覚をもっていることが多いお題としてもらったゴールとクライアントの感覚に共感したときに見えるものがズレている状況も得てして出てくるんですねぼくはアートやデザインの領域から来たからこそゴールに行き着く方法よりもそういう感覚を正しく世の中に伝えるためにはどうしたらいいかという原動力をつくるほうが多いんだと思います

もちろん仕様が決まらないとプロトタイプをつくれないという話はよく聞きますし自分でもぶつかる壁です無駄にお金が出てしまうとか予算が承認されないといった問題も多いですただ仕様を決めるためにはプロトタイプが必要になりますニワトリが先か卵が先かの問題ですそれでも捨て案になることを覚悟でプロトタイプをつくってみたらとても上手くまとまったプロジェクトがあったんですそのときからプロトタイプの重要性を認識しています

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いけにえとしてのプロトタイピング

── それはどのようなプロジェクトだったのでしょうか

もともと依頼されていたアウトプットがハードウェアだったのに最終的にアプリ開発になった案件ですクライアントはハードウェアの会社ではなかったのですがIoTに可能性を感じて依頼をいただいたものでしたでもヒアリングをするうちにクライアントが求めているのは違う何かなのではないかという感覚が湧いてきたんですよねぼくはもちろんハードウェアはつくりたいし楽しいプロジェクトだと思っていたのですが予算や世の中への普及を考えると怪しいぞクライアントがハードウェア専門の会社ではないがゆえにそのあたりの感度が合っていなかったのかもしれません

そこで3Dプリンターや電子デバイスを使って動くサンプルをラフにつくり3回目のミーティングに持って行ったんです求めているのはこういうものではないでしょうかそのハードウェア自体にはとても感動してくださりましたでも量産ができなさそうなことやプロダクトをマネジメントをする部署がないということもあり最終的にアプリケーションの開発にピボットすることになったんですここからはもうぼくの領域とは離れて別のメンバーがUIをデザインしていたのでぼくがつくったものは日の目を見ませんでしたそれでもプロトタイプはプロジェクトを進めるうえでの重要な判断材料になったわけですよね

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── 実際にモノを見て初めて課題とやるべきことが見えてきたんですね

そうですねプロトタイプにはもちろんプロダクトの精度を上げていく役割がありますがある種のいけにえサクリファイスとしての役割もあると考えています実際に一時期大学の講義でもサクリファイス・プロトタイプの考え方を布教していましたそのままでは形にならないことがわかっていてもそれを飲み込んで一回つくってみるとそこでグッと伸びることがあるモノがあるからこそイメージの相違もわかりやすく見えてきてプロジェクトが先に進むこともあるんです

エンジニアがリードするブランディング

── 最近プロトタイピングを生かしたケースでは日本精工株式会社NSKとのブランディングムービーを制作するプロジェクトがありますよねひとつのモノが仕上がるまで気の遠くなるようなプロトタイプを何度も繰り返すようなプロジェクトですここでもプロトタイプを担当していますね

このプロジェクトで特徴的なのはアイデアを捨てないということですね王道としてはラフなアイデアを絞り込んで精緻化しそこから検証のためにモノをつくっていく方法だと思うのですがこのプロジェクトはハードウェアのプロトタイプをラフな状態のまま素早く大量につくっています身体知で判断することをずっと大切にしているプロジェクトなんです

このプロジェクトのいいところはNSKさんがTakramの仕事のしかたを尊重してくださるところですクライアントが違ったらぼくたちが提案した専門的な知識があってもなくても誰もがCMとして見たときに純粋に感情を動かされるような商材の見せ方は刺さらなかったかもしれないでもTakramがブランディングを緻密に行なっている背景を含めてポジティブに捉えてもらえたんですそこがわかってもらえる相手だからこそクライアントの商材やスキルセットをリスペクトしつつブランディングの観点として感情に訴えるアウトプットを提案できましたまたぼくらはデザインエンジニアなので普通のデザイナーに比べてクライアントのエンジニアリングに対する理解があるというのも大きいと思います

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Photography by Takram

── エンジニアリングをわかっているかどうかで会話の解像度が違いますよね

とても楽しいです例えばただ球を転がすためにレールをつくるときも球を効率的に転がすための特殊なアール曲線があるんですよねそういう知らなかった話を聞いて気を遣わずに感動できてそれをすぐにアイデアとして検討ができるその感覚値がクライアントと似ていたのもよかったです

── 一方ですべての企業がプロトタイピングにそこまでの力を入れられるわけではないと思いますそういう場合はどうされていますか

もちろん無理を通すために戦うことはしないので出来る範囲で価値を最大化することが目的になりますただTakramにデザインエンジニアが多いからこそクライアントが抱えている問題に対してクリエイティブや情緒的な面だけでなく価値を最大化するために先方が実際にできそうなことを具体的に提案することができます例えば何かのプロダクトをつくるとき提示された予算とスケジュールに余剰があるのかないのかといったことを経験則から導き出していく感覚ですその知見があると緻密にここをこうアプローチしたらプロセスを圧縮できますよねといった提案ができます

── そこはデザインとエンジニアリングが両方できるメンバーが多いTakramの強みですね

そうですねもうひとつはエグゼクティブと直接コミュニケーションを試みることです担当者のレイヤーでは予算やスケジュールに余裕がないように見えてもエグゼクティブとお話してみるとこれは投資案件だからもう少し余裕があるよといったことが意外と起きやすいんですそういうことを理解するためにTakramではどのプロジェクトでもエグゼクティブインタビューをしてエグゼクティブの方が考えていることと担当者の方が考えていることのギャップを埋める作業をしていきます特に大きな会社であるほどエグゼクティブと現場がつながっていないことも多くそこがうまく接続していないことで実現しないことが多くなってしまうのでそこは第三者だからこそ図々しくある種ずけずけと話を聞いています

現場で自分たちの知見を使って実践的にアプローチすることと会社が目指している方向やブランディングにおける感覚をクリアにするという作業の二軸で調整していく感じですね

── 異なるレイヤーに同時にアプローチできるというのはTakramならではかもしれませんねちなみに成田さんのなかで将来はこういうプロジェクトもやってみたいという希望や夢はありますか

やはりハードウエアには関わっていたいと思っていますただ環境やコミュニティなど場と人をつなぐためのハードウェアをそれが環境や人に与える影響も含めてデザインしていくということには個人的に興味がありますそれはスマートフォンに代わるデバイスかもしれないしパーソナルモビリティかもしれませんそうしたハードウエアとかテクノロジーを緩やかに介在させながらアプローチするプロジェクトに関われたら嬉しいですね

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Tatsuya Narita
Prototyping Engineer, Designer, Project Director
多摩美術大学情報デザイン学科卒業2014年よりTakramに参加エレクトロニクスやデジタルファブリケーション技術を用いてハードウェアの開発プロトタイピングを行う主な展示に2010 東京都現代美術館: サイバーアーツジャパン-アルスエレクトロニカの30 21_21 DESIGN SIGHT動きのカガク21_21 DESIGN SIGHTトランスレーションズ展など主な受賞歴にアルスエレクトロニカ賞2009 [the next idea] honorary mentionsなど