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May 20, 2024/Interview

デザインでもなくエンジニアリングでもない
── まだ見ぬ価値を社会実装するデザインエンジニアリング

Takramの核であるデザインエンジニアリングを語るうえで欠かすことができないのがプロトタイピングなぜTakramがプロトタイピングを重視するのかそれは単なる試作ではなく意思決定の重要なプロセスであるからですアイデアThinkをただの妄想で終わらせずMakeにして社会に実装するための試行錯誤を繰り返すデザインエンジニア櫻井稔とプロトタイピングエンジニア成田達哉にプロトタイピングがもたらすデザインエンジニアリングの価値について話を訊きました
Credits:
Photography:
  • Yoichi Nagano (Key Visual)
  • Kiara Iizuka
Text:
  • Asuka Kawanabe
8min read

── Takramのプロジェクトでよく耳にするのがデザインエンジニアリングという言葉です

櫻井 以下櫻井 実は創業当時Takramtakram design engineeringと名乗っていましたデザインかエンジニアリングのどちらか片方に寄りたくないという想いから両方の領域を冠した名前にしたと聞いていますこの言葉が普及し始めたタイミングでいまの名称に変更しましたがデザインエンジニアリングはTakramの原点でもあるんです

Takramは世の中にまだ見ぬ価値を見つけ出し実装する組織になりたいという想いをもっています価値を発見するだけではなく人々がその価値を発見し実装する状況を生み出したいという意味での実装ですそこでぼくらがある種の必殺技として使っていたのがデザインエンジニアリングでした

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デザインエンジニアの櫻井

── Takramのデザインエンジニアリングが活きたプロジェクトがいくつもありますがハードの面で印象的なものは最近であれば日本精工株式会社NSKのグローバルキャンペーン__ with MOTION & CONTROLだと思いますCGを一切使わずに複雑かつ精密な機構をつくりこむことでNSKの技術力を映像で表現しています

NSKの魅力を伝えるための戦略づくりから実際の機構・制御システム設計最終的な動画やグラフィックといったクリエイティブの制作まで担当していますこのプロジェクトはどのように始まったのでしょうか

櫻井 もともとはエンジニアリングプロジェクトにしようという話ではありませんでしたNSKからのリクエストはプロモーション映像をつくることでしたただそこで必要なのはコミュニケーションの設計なのではないかと考えコミュニケーションの構造やタッチポイントのデザインも担当しましたそのなかで出てきたアイデアのひとつがNSKの製品や技術を使って機構をつくりその魅力を体現するというものでした

成田達哉以下成田 こうしたプロジェクトではクライアントが感じているコミュニケーション上の課題つまりNSKがもっていないものだけに目を向けるのではなくすでにもっているアセットにも目を向けることが重要だと思っていますだからこそ技術をもっている会社と技術を武器にプロトタイピングができるデザインエンジニアが一緒にプロジェクトを進めることが相乗効果になります

Bouncing with MOTION & CONTROL (2023)

── NSKとの対話はどのように進めましたか

成田 まずはNSKがもっている既存技術の棚卸しから始めましたコンセプトを起点につくりたいものを考える発想と過去のプロジェクトを起点とした発想の両軸でアイデアを出していきました

櫻井 クライアントとの議論を経てアイデアに肉づけされていくいわば集合知でできあがっているプロジェクトなんですただ骨がないと肉はつきません議論をすれば自ずといいものが生まれるというわけではなく骨格が必要なんです

── 骨格

櫻井 よくトップダウンボトムアップという言い方をしますがぼくらの仕事はつくりたいものの完成イメージとそれを実現するための具体的な技術が出合って初めて形になりますつくりたいもののイメージだけがあっても実装できず具体的な技術だけがあっても何がつくりたいかが不在のままプロジェクトが進んでしまいますなのでそのふたつがどこでどうつながるのかを頭の中で想像していくことが肝になります骨格というのはその両者をつなげる1本ののようなものです

── つくりたいものと具体的な技術の接続点を見極めるということですね

櫻井 はい両者をつなげる作業ではその人の経験や技術への理解がものを言いますなので仮説にその人の個性やアイデンティティが宿りますそしてその仮説の確からしさを検証する作業であるプロトタイピングにもまた個性やアイデンティティが宿るんです

加えてプロトタイピングは意思決定のためのプロセスでもあります試しにつくってみるというよりも何がよくて何が悪いかといった細かなジャッジをチームで繰り返していくんですね前日に議論していたことを翌日に動画にしてみて判断する実際に目で見て確かめながら判断していくことが実はとても重要になります

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プロトタイピングエンジニアの成田達哉

── チームのバランスもカギになりそうですね

成田 とても大事ですねアイデアの部分をもっている人とクリエイティビティを前提としながらもその実現可能性について考えられる人の両方のメンバーがいるのが理想です

また実現可能性についてはすべてを物理的に検証していると時間が足りませんそういうときにソフトウェアで物理世界を迅速にシミュレーションできる人がいたりさらにそれが物理空間に応用可能なのかを検証できる人がいることも重要になりますTakramは専門領域の多様性を重視していますがそれは異なる専門性をかけあわせて骨に肉づけできるという強みに直結しています

── 最終的なゴールがコミュニケーションであることを踏まえると実現可能性だけでなく観た人にメッセージが伝わるかも大切ですよね

成田 そうですね魅力だけを追い求めて玄人にしかわからないものをつくっても身内での盛り上がりにとどまってしまいますそれではクライアントが本当にめざしていた多くの人とのコミュニケーションが達成されませんTakramのクライアントワークで最も重要なのは本当の目的を達成することですそのうえでいかに魅力的なものをつくるかを考えるんです

櫻井 __ with MOTION & CONTROL2020年から続くプロジェクトですが毎年プロジェクトの初期に3カ条のようなものをつくるんです今年したいことを言語化して誰にでもわかるもの~のように打ち合わせの前にみんなで唱えるんですね

この3カ条というのはマニアックな言い方をすれば情報圧縮なんです高い技術力を見せながらもコミュニケーションにつながり魅力的かつ物理的に可能でなくてはならないなど多方面に目を向けなくてはいけないなかでずっとすべてのことに意識を向けるのは不可能ですそれをぎゅっと3行程度に圧縮し嫌というほど唱え続けながら指さし確認をしていくことで思考の限界に挑むんです

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── クライアントがもっているアセットのポテンシャルを引き出しビジョンやコンセプトと一緒に落とし込むというプロジェクトだと思うのですが同じ手法はほかのプロジェクトでも使えるのでしょうか

櫻井 このプロジェクトにおけるぼくらの役割はクライアントがしたいことの価値を世の中に向けて翻訳することです翻訳は翻訳前や後の言語だけでなくその言語を使う人たちの文化を知らなければできません

ぼくらもクライアントのアセットを知りオーディエンスが何に心動かされるのかを知りそのうえでプロジェクトを具現化して打ち出す必要がありますプロジェクトによってはクライアントが打ち出し先を迷っていたりアセットを認識できていない場合もありますそういうときにいろいろな案を出して世の中とクライアントのパイプがいちばん太いところを探すのがTakramの仕事なんです

さまざまなプロジェクトを走らせていますしそれぞれ違うようにも見えますが使っている手法やインプットアウトプットが異なるだけで根っこにあるものはどれも同じなんですよね

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Photography by Takram

── __ with MOTION & CONTROLはアセットがかなり専門的だと思うのですがそこでのアプローチはほかのプロジェクトにも応用のでしょうか

櫻井 そもそもTakramのプロジェクトの大半は自分たちがよく知らないクライアントの専門領域で行なわれますなので勉強しますリサーチもするし現場にも行くまたこれまで同じようにしながら勉強し多くの分野を学んでいくうちに身についたアドバンテージもあります

ものづくりにおいては分野が異なっていても勘所が似ていることが意外に多いんですなので自分がよく知る分野の大切なあれこの分野のこれは近いなというようにあたりがつけられるんです

加えてクライアントから求められるのは必ずしも技術への深い理解ではありません異なる領域の勘所を押さえている者として専門家が解けない問題に新結合をもたらすことですそれがTakramに依頼をしていただける理由だと思っています

例えばTakramにお願いするとクルマの話をしたのになぜか化粧品の話になるとでもそこに親和性が見出せると社会にとって大きな価値につながる可能性があるわけですだからこそTakramLearning Organization学ぶ組織であり個人が領域横断的であることが大切なんですよね

成田 Takramにはほかの領域に興味をもてる人が入ってくるという点も大きいです興味をもつから調べるし学ぶアプローチや最終的なアウトプットはTakramのメンバーでも千差万別ですが興味をもってチャレンジするというところは共通していると思います

── 勘所があると安全な落としどころも見えてしまったりしないのでしょうか

成田 心の中にはありますでもそれが確実にできるという意味での落としどころなのであればさらにチャレンジする価値がありますよね実現度が80%90%の案をもっているけれどそれは最終手段として心に留めておいて実現度が50%だけれどもアイデアとして魅力的な案を100%に近づけていくんですそのために必要なのがデザインエンジニアリングにおけるプロトタイピングですそれは物理的なプロトタイピングかもしれないしデジタル上のシミュレーションかもしれませんそうしてギリギリを攻めていくんですもちろん何がギリギリかの精度もプロジェクトにかかわる時間が長くなるにつれ上がっていきます

── 何がギリギリかの勘所も身についていくわけですね

櫻井 もうひとつギリギリを攻めるにあたってはオーバーラップも重要ですそれは個人やグループの中で専門が複数の領域にまたがっていくという意味ですね

__ with MOTION & CONTROLにも参加しているデザインエンジニアの大澤ソフトウェアが専門でありながらハードウェアもわかります一方で成田はハードウェアが専門ですが同時にソフトウェアも見ていますそのオーバーラップによって専門領域が広がってギリギリを攻めやすくなるんです

もちろん互いに専門外の分野については理解が浅い部分もありますがお互いに何の話をしているのかを理解できていることが大事なんです互いに何をしているかわかるからカバーし合えるそのオーバーラップがギリギリを攻めるにあたって効いてくるんですだからこそTakramにしかできない仕事になるのだと思います

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Minoru Sakurai
Design Engineer, Project Director
ビッグデータの可視化からUI/UXデザインサービスデザインまで幅広く取り組んでいる2014Takramに参加2007年未踏ソフトウェア創造事業スーパークリエータ認定2014年東京藝術大学美術研究科デザイン専攻博士後期課程修了代表作に日本政府のビッグデータビジュアライゼーションシステムのRESAS -地域経済分析システム-のプロトタイピングデータサイエンス支援ツールDataDiverUI設計・デザイン隈研吾展ー新しい公共性をつくるためのネコの5原則東京計画2020日本精工株式会社NSKのグローバルキャンペーン__with Motion & Controlなどがあるグッドデザイン金賞など受賞多数
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Tatsuya Narita
Prototyping Engineer, Designer, Project Director
多摩美術大学情報デザイン学科卒業2014年よりTakramに参加エレクトロニクスやデジタルファブリケーション技術を用いてハードウェアの開発プロトタイピングを行う主な展示に2010 東京都現代美術館: サイバーアーツジャパン-アルスエレクトロニカの30 21_21 DESIGN SIGHT動きのカガク21_21 DESIGN SIGHTトランスレーションズ展など主な受賞歴にアルスエレクトロニカ賞2009 [the next idea] honorary mentionsなど