
── 岩松さんが提唱している「シグネチャーデザイン」について教えてください。
平坦に言えば、ブランドの思想を体現するデザインのことです。
例えば、バーの看板カクテルのことを「シグネチャーカクテル」と言いますよね。シグネチャーカクテルがそのバーの思想を体現したカクテルであるように、企業や個人がもつ思想やビジョンを製品そのもののカテゴリーやその機能、細部の体験に渡るまで染み渡らせるデザインアプローチのことを指しています。ここで大事なのは、デザインの“テイスト”で表現するという話ではないということです。
これまでのTakramのプロジェクトでは「AIR SHELF」を例にするとわかりやすいと思います。
── つっぱり棒で有名な平安伸銅工業とのプロジェクトですよね。
はい。「『暮らすがえ』の文化を創る」というコーポレートミッションを新しく掲げたタイミングで、それを具現化したようなプロダクトブランドをつくりたいという依頼をいただいたんです。そこで、壁を傷つけずにすっきりした空中棚を設置できるシェルフシステムをつくり上げました。

── なぜシグネチャーデザインとして空中棚を提案したのでしょうか?
思考過程を説明すると、まず「暮らす」という言葉をどう商品に落とし込むかを考えました。「暮らす」という言葉に直結しやすい製品といえば家具ですが、つっぱり棒は“家具未満”の製品です。家具の代替になるような選択肢を提供できなければ、「『暮らすがえ』という思想を体現することにはならないですよね」と家具領域に挑戦すべきと提案しました。
ここにはビジネスデザイン視点での仮説もありました。「つっぱり棒の技術と信頼」を積み重ねてきた平安伸銅工業にしかできない、新たな家具のカテゴリーがありそうだということです。それは、従来の「壁づけ」「床置き」の二択と、それに付随する「すっきりさ」や「圧迫感」とのトレードオフの解消に結実します。
結果として、壁を傷つけずに空中棚を設置できるシェルフシステム「AIR SHELF」が誕生しました。最も固定の複雑さや安全性が求められる壁面シェルフを簡単に設置・移動・増設できる選択肢を提供することは、「『暮らすがえ』の文化を創る」というコーポレートミッションの実現にダイレクトに接続すると考えています。
──「暮らすがえ」を語るにふさわしい商品としての家具を、つっぱり棒の技術でどう実現するかを考えた結果なんですね。
そうですね。思想にさらに企業の強みを足したとき、どんな商品に具現化されるかを提案しました。製品開発のプロセスとしては、市場から考えて商品をつくる「マーケットイン」か、逆に自社の強みや技術から商品をつくる「プロダクトアウト」のどちらかと考えがちです。これらは、気づかないうちに「すでに市場にあるもの」や「すでにもっている実現手段」を参照するため、企業の理想像やいま現在のユーザーリアリティから遠ざかり、結果として同じカテゴリー内での競争になりがちです。
それに対し、思想を起点とした製品開発はそのどちらの思考方法も中心には据えず、ビジョンをいかに体現するかに焦点を絞るため、意志をもった新しいカテゴリーを創造しやすいと思っています。例えば、「AIR SHELF」の場合は「家具」ではなく、「暮らしをかえていくこと」に焦点を当てたので、〈壁に施工がいらないすっきりとした空中棚〉というカテゴリーをつくることができました。
── ここでいう「カテゴリー」は何を指すのでしょうか?
「種なしスイカ」ってありますよね(笑)。
── ありますね(笑)。
例えば、「体験としては、種は少ないほうがよい」と思想を決めたとします。種が平均100個あると仮定すると、少ないほうがよいので90個、80個と減らす開発をしていきますよね。すると、ある点で価値の分水嶺を越えて「スイカ」から「種なしスイカ」というサブカテゴリーが生まれます。
種なしを求める人から見ると、普通のスイカが購入の選択肢に入らなくなります。種100個〜0個のグラデーションの中で1個と0個の間に大きな分水嶺があるということですね。
重要なのは、どこにどんな価値の分水嶺があるかです。スイカの例は数字で見えてわかりやすいですが、この分水嶺は数値化できない領域にも存在すると考えています。AIR SHELFでは「壁に一切の手を加えない」だけでなく、「すっきりした見た目」「常に快適なシェルフ」という感覚的な価値もここにあたります。

── 種なしスイカの場合、種がまったくないことにユーザーの価値があるからこそ、それが「カテゴリー」の分岐点になるわけですね。
そうです。つまり、シグネチャーデザインではユーザーリアリティが大切なんです。思想だけを押し出す独りよがりな製品にならないよう、ユーザーにとってちゃんと価値があって魅力的なものでなければ成立しません。
思想をブランディングによって見せていくことももちろん大切ですが、本当に重要なのは企業が実際に何をつくるか、つまり社会に何を提供しているのかです。実際に使う人の現実を考えずにそれを実現することはできません。
「AIR SHELF」の場合は、発売前にコンセプトテストというかたちでユーザーへのインタビューやプロトタイプ評価を複数回実施し、ブランドがめざす理想像や製品の細かなディテールに至るまで仮説検証と細かなチューニングをしています。
あわせて発売後も平安伸銅工業がユーザーインタビューをしているんです。購入理由や使い方などを聞いて、新しいセットの売り方を考えたり、使い方を提案したり。そうした取り組みを続けながら、自分たちのミッションとユーザーリアリティの重なりを常に考えるチームになってきています。
シグネチャーデザインの肝は、ビジョンやミッションといった思想とユーザーリアリティをどうつなぎ込むかだと思っています。思想をできるだけピュアに体現し、ビジネス観点での価値の分水嶺を見極めながらデザインするには、プロダクトデザインとビジネスデザインの振り子が欠かせないんです。

── ちなみに、思想を体現する技術や製品を企業がもっていない場合もあると思うのです。
そういうケースは多いですね。ハンカチ専門ブランドmottaのリブランディングもそのケースでした。「昨日、今日、明日。新しい気持ち。」というブランドビジョンと、「リズム、ととのう、ハンカチ。」というブランドコンセプトを新しく掲げ、同時にハンカチ専用の香水として「ハンカチパフューム」という新しいプロダクトカテゴリーを提案しました。
ハンカチは、手を洗ったあとや休憩する場面など、基本的に1人で使うものですよね。濡れた手を拭く道具を超えて、自分を整えるためのブランドとして何をつくるべきかと考えてつくったのが、ハンカチパフュームだったんです。mottaはもともと香水をつくっていたわけではありませんが、ハンカチのブランドがハンカチ専用の香水をつくるということに、ブランドとしての思想が現れます。
── そもそも「シグネチャーデザイン」を提唱するに至ったきっかけはどこにあったのでしょうか?
無駄なものをつくりたくないという想いがあります。デザイナーは、ややもするとその場の興味を引いてその場だけの利益を生み出すものづくりに加担しかねない職業です。
Takramに入る以前から外側だけをよくして製品を買わせることに果たして社会にとって意味があるのか、疑問を抱いていました。仮に地球外生命体がいたとして、いまの地球を見るとなぜこんなにも同じものをつくっているのか? と疑問をもつだろうなと思っていました。
── 当時から「何をつくっているか」は重視していたんですね。
そうですね。そもそも、デザイナーでありながら「何をつくるか」という判断に関われないことに違和感がありました。「なぜこれをつくるのか」という判断が、製品の価値ではなくマーケティングなどの戦略上の理由だけで下されてしまうんです。
大学でデザインを学んでいたときは、常にエンジニアリングとデザインとマーケティングの学生が一緒になって「何をつくるか」を考えていた自分にとって、製品づくりのプロセスの一部しか担いえないことにフラストレーションがたまる出来事でした。
── その意味で、シグネチャーデザインは「なぜこれをつくるのか」をデザイナーとして突き詰める考え方とも言えますが、なぜいまそうしたデザインが必要だと思ったのでしょうか?
いままでは、マーケットインやプロダクトアウトのものづくりが効果を発揮していました。それは、企業がビジョンではなく、製品そのものの機能の質、見た目で勝負していればいい時代だったからです。
ただ、いまは誰がどこで何をつくっているのかが軒並みわかる時代ですし、表層的なブランディングの嘘はすぐにあらわになります。機能やビジュアルの差別化が難しいだけでなく、社会に対して何をしているかが問われる時代に入っています。だからこそ、「なぜつくるのか」「その先に何をつくるのか」について、商品をつくる従業員から商品を使う消費者まで、あらゆる人に説明できること、共感を得て仲間をつくることが大切なんです。それは標語で止まっては意味がなく、具体的な価値として社会に実装しなければならないと考えています。
── そうして新しくできたカテゴリーの価値は、どうやって測るのでしょうか?
実は、「つくること」と「受け入れられること」は、まったく別の話なんです。新しいカテゴリーの発想は意外と生まれてくるものなのですが、それが普及するかどうかまではわかりません。イノベーションとは、「新結合」と「社会浸透」といわれますが、新しいカテゴリーをどう普及させるか、そしてそもそもそのカテゴリーに意味があるのかは、常に疑いながらものづくりをしています。
ただ、ビジョンを起点にして何をつくるべきかを考えることで、新たなカテゴリーが生まれていくことに私自身はいちばんワクワクしています。ビジョンをピュアに体現する挑戦であれば、周りの企業も消費者も巻き込んで新たな価値を実装できる社会になりつつあるとも考えているからです。
一方で、「ビジョンを体現するイノベーション」の方法論について語られているものを目にすることはあまりありません。だから、私自身は常に「ビジョンを体現するイノベーションとは何か?」という問いをもっていて、「シグネチャーデザインはそのひとつ解になるかもしれない」という仮説を元に日々その実践を通して探究しています。
