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Nov 27, 2024/Interview

なぜ何のためにつくるのか ── ブランドの思想とユーザーをつなぐシグネチャーデザインという試み

外部環境が目まぐるしく変化するなかでMVVなどを策定し企業やブランドがめざす姿を明確化する流れが続いていますしかしその思想を体現するシグネチャーと呼べるプロダクト / サービスに触れる機会はまだまだ少ないのが実情ですプロダクトデザイナー / ビジネスデザイナー岩松直明は企業が携える思想とユーザーリアリティをつなぐ新たなプロダクト / サービスのつくり方を模索しています
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  • Asuka Kawanabe
8min read
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── 岩松さんが提唱しているシグネチャーデザインについて教えてください

平坦に言えばブランドの思想を体現するデザインのことです

例えばバーの看板カクテルのことをシグネチャーカクテルと言いますよねシグネチャーカクテルがそのバーの思想を体現したカクテルであるように企業や個人がもつ思想やビジョンを製品そのもののカテゴリーやその機能細部の体験に渡るまで染み渡らせるデザインアプローチのことを指していますここで大事なのはデザインのテイストで表現するという話ではないということです

これまでのTakramのプロジェクトではAIR SHELFを例にするとわかりやすいと思います

── つっぱり棒で有名な平安伸銅工業とのプロジェクトですよね

はい「『暮らすがえの文化を創るというコーポレートミッションを新しく掲げたタイミングでそれを具現化したようなプロダクトブランドをつくりたいという依頼をいただいたんですそこで壁を傷つけずにすっきりした空中棚を設置できるシェルフシステムをつくり上げました

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── なぜシグネチャーデザインとして空中棚を提案したのでしょうか

思考過程を説明するとまず暮らすという言葉をどう商品に落とし込むかを考えました暮らすという言葉に直結しやすい製品といえば家具ですがつっぱり棒は家具未満の製品です家具の代替になるような選択肢を提供できなければ「『暮らすがえという思想を体現することにはならないですよねと家具領域に挑戦すべきと提案しました

ここにはビジネスデザイン視点での仮説もありましたつっぱり棒の技術と信頼を積み重ねてきた平安伸銅工業にしかできない新たな家具のカテゴリーがありそうだということですそれは従来の壁づけ床置きの二択とそれに付随するすっきりさ圧迫感とのトレードオフの解消に結実します

結果として壁を傷つけずに空中棚を設置できるシェルフシステムAIR SHELFが誕生しました最も固定の複雑さや安全性が求められる壁面シェルフを簡単に設置・移動・増設できる選択肢を提供することは「『暮らすがえの文化を創るというコーポレートミッションの実現にダイレクトに接続すると考えています

──暮らすがえを語るにふさわしい商品としての家具をつっぱり棒の技術でどう実現するかを考えた結果なんですね

そうですね思想にさらに企業の強みを足したときどんな商品に具現化されるかを提案しました製品開発のプロセスとしては市場から考えて商品をつくるマーケットイン逆に自社の強みや技術から商品をつくるプロダクトアウトのどちらかと考えがちですこれらは気づかないうちにすでに市場にあるものすでにもっている実現手段を参照するため企業の理想像やいま現在のユーザーリアリティから遠ざかり結果として同じカテゴリー内での競争になりがちです

それに対し思想を起点とした製品開発はそのどちらの思考方法も中心には据えずビジョンをいかに体現するかに焦点を絞るため意志をもった新しいカテゴリーを創造しやすいと思っています例えばAIR SHELFの場合は家具ではなく暮らしをかえていくことに焦点を当てたので壁に施工がいらないすっきりとした空中棚というカテゴリーをつくることができました

── ここでいうカテゴリーは何を指すのでしょうか

種なしスイカってありますよね

── ありますね

例えば体験としては種は少ないほうがよいと思想を決めたとします種が平均100個あると仮定すると少ないほうがよいので9080個と減らす開発をしていきますよねするとある点で価値の分水嶺を越えてスイカから種なしスイカというサブカテゴリーが生まれます

種なしを求める人から見ると普通のスイカが購入の選択肢に入らなくなります100個〜0個のグラデーションの中で1個と0個の間に大きな分水嶺があるということですね

重要なのはどこにどんな価値の分水嶺があるかですスイカの例は数字で見えてわかりやすいですがこの分水嶺は数値化できない領域にも存在すると考えていますAIR SHELFでは壁に一切の手を加えないだけでなくすっきりした見た目常に快適なシェルフという感覚的な価値もここにあたります

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── 種なしスイカの場合種がまったくないことにユーザーの価値があるからこそそれがカテゴリーの分岐点になるわけですね

そうですつまりシグネチャーデザインではユーザーリアリティが大切なんです思想だけを押し出す独りよがりな製品にならないようユーザーにとってちゃんと価値があって魅力的なものでなければ成立しません

思想をブランディングによって見せていくことももちろん大切ですが本当に重要なのは企業が実際に何をつくるかつまり社会に何を提供しているのかです実際に使う人の現実を考えずにそれを実現することはできません

AIR SHELFの場合は発売前にコンセプトテストというかたちでユーザーへのインタビューやプロトタイプ評価を複数回実施しブランドがめざす理想像や製品の細かなディテールに至るまで仮説検証と細かなチューニングをしています

あわせて発売後も平安伸銅工業がユーザーインタビューをしているんです購入理由や使い方などを聞いて新しいセットの売り方を考えたり使い方を提案したりそうした取り組みを続けながら自分たちのミッションとユーザーリアリティの重なりを常に考えるチームになってきています

シグネチャーデザインの肝はビジョンやミッションといった思想とユーザーリアリティをどうつなぎ込むかだと思っています思想をできるだけピュアに体現しビジネス観点での価値の分水嶺を見極めながらデザインするにはプロダクトデザインとビジネスデザインの振り子が欠かせないんです

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── ちなみに思想を体現する技術や製品を企業がもっていない場合もあると思うのです

そういうケースは多いですねハンカチ専門ブランドmottaのリブランディングもそのケースでした昨日今日明日新しい気持ちというブランドビジョンとリズムととのうハンカチというブランドコンセプトを新しく掲げ同時にハンカチ専用の香水としてハンカチパフュームという新しいプロダクトカテゴリーを提案しました

ハンカチは手を洗ったあとや休憩する場面など基本的に1人で使うものですよね濡れた手を拭く道具を超えて自分を整えるためのブランドとして何をつくるべきかと考えてつくったのがハンカチパフュームだったんですmottaはもともと香水をつくっていたわけではありませんがハンカチのブランドがハンカチ専用の香水をつくるということにブランドとしての思想が現れます

── そもそもシグネチャーデザインを提唱するに至ったきっかけはどこにあったのでしょうか

無駄なものをつくりたくないという想いがありますデザイナーはややもするとその場の興味を引いてその場だけの利益を生み出すものづくりに加担しかねない職業です

Takramに入る以前から外側だけをよくして製品を買わせることに果たして社会にとって意味があるのか疑問を抱いていました仮に地球外生命体がいたとしていまの地球を見るとなぜこんなにも同じものをつくっているのか と疑問をもつだろうなと思っていました

── 当時から何をつくっているかは重視していたんですね

そうですねそもそもデザイナーでありながら何をつくるかという判断に関われないことに違和感がありましたなぜこれをつくるのかという判断が製品の価値ではなくマーケティングなどの戦略上の理由だけで下されてしまうんです

大学でデザインを学んでいたときは常にエンジニアリングとデザインとマーケティングの学生が一緒になって何をつくるかを考えていた自分にとって製品づくりのプロセスの一部しか担いえないことにフラストレーションがたまる出来事でした

── その意味でシグネチャーデザインはなぜこれをつくるのかをデザイナーとして突き詰める考え方とも言えますがなぜいまそうしたデザインが必要だと思ったのでしょうか

いままではマーケットインやプロダクトアウトのものづくりが効果を発揮していましたそれは企業がビジョンではなく製品そのものの機能の質見た目で勝負していればいい時代だったからです

ただいまは誰がどこで何をつくっているのかが軒並みわかる時代ですし表層的なブランディングの嘘はすぐにあらわになります機能やビジュアルの差別化が難しいだけでなく社会に対して何をしているかが問われる時代に入っていますだからこそなぜつくるのかその先に何をつくるのかについて商品をつくる従業員から商品を使う消費者まであらゆる人に説明できること共感を得て仲間をつくることが大切なんですそれは標語で止まっては意味がなく具体的な価値として社会に実装しなければならないと考えています

── そうして新しくできたカテゴリーの価値はどうやって測るのでしょうか

実はつくること受け入れられることまったく別の話なんです新しいカテゴリーの発想は意外と生まれてくるものなのですがそれが普及するかどうかまではわかりませんイノベーションとは新結合社会浸透といわれますが新しいカテゴリーをどう普及させるかそしてそもそもそのカテゴリーに意味があるのかは常に疑いながらものづくりをしています

ただビジョンを起点にして何をつくるべきかを考えることで新たなカテゴリーが生まれていくことに私自身はいちばんワクワクしていますビジョンをピュアに体現する挑戦であれば周りの企業も消費者も巻き込んで新たな価値を実装できる社会になりつつあるとも考えているからです

一方でビジョンを体現するイノベーションの方法論について語られているものを目にすることはあまりありませんだから私自身は常にビジョンを体現するイノベーションとは何かという問いをもっていてシグネチャーデザインはそのひとつ解になるかもしれないという仮説を元に日々その実践を通して探究しています

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Naoaki Iwamatsu
Industrial Designer, Service Designer, Project Director
ビジョンを体現する新規事業やプロダクト開発を得意とするデザイナー京都工芸繊維大学大学院デザイン経営工学専攻修了大手情報機器メーカーにて新規事業の企画立案から複合機や業務用機器の製品デザインまで幅広く手掛ける2020年よりTakramに参加TAMRONのミラーレス用交換レンズのプロダクトデザインや平安伸銅工業とのAIR SHELFの商品企画からプロダクトデザインブランドディレクションなどを担当またNAO IWAMATSUとしてミラノサローネなどで作品発表や中小企業の自社製品開発などの支援も行う手掛けた製品はVitra HouseFondation Louis Vuittonをはじめとするミュージアムショップでも販売される実績を持つJames Dyson Award国内最優秀賞iF Design AwardGerman design Awardなど受賞歴多数