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Sep 25, 2025/Interview

人間の想像力を喚起するクラスラという光の揺らぎ

未来の技術のショーケースともいえる万博においてより明るくより鮮やかにという最先端の高精細映像とは真逆をいくいのち動的平衡館のクラスラあえてめざした低解像度の表現がもたらす効果とその実装までのプロセスとは ── 開発を担った成田達哉中森大樹小林諒にインタビュー
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  • Asuka Kawanabe
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脳の補完機能を生かす演出

── いのち動的平衡館のクラスラを製作するにあたって最初のお題は何だったのでしょうか

中森大樹以下中森 最初に出されたお題は動的平衡というテーマを空間として体感できるインスタレーションにすることでしたそこで空間に粒子のような光が静かに浮遊しているビジュアルイメージをTakramから提案したんですそれをどう実際のインスタレーションにするかを考えることがわたしたち3人の役目でした

成田達哉以下成田 実は今回技術面では万博という場の特性が大きなヒントになったんです万博は未来の技術のショーケースともいえるイベントですよねしかしそこで最先端の高精細映像を見せるのではなくむしろ低解像度で人間の想像力を喚起する表現をめざすという方向性を考えました

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インダストリアルデザイナーの中森大樹

── あえて低解像度なLEDを選択した理由は

成田 見る人の脳の補完機能を活かし光の揺らぎから物語を読み取ってもらう仕掛けにできないかと思ったからです万博という場の性質に対するある種のアンチテーゼと言えるかもしれませんただそれは結果的にプロデューサーである福岡先生のメッセージ ── つまり生命とは常に壊れながら創られている流動的な存在であるという動的平衡の考え方にもあっているように思います

── 立体LEDを使ったプロジェクトは世の中にいろいろありますがクラスラは珍しく装置自体が有機的な形状をしていますよね

中森 LEDの粒子を等間隔に並べるようなよくあるグリッドでは生命の有機的な流れを表現できないからです血管や神経川の流れ枝分かれする木の構造といった自然の中の動的平衡決して直線的でも規則的でもありません最初はミノムシのような四角錐を積み上げる構造も考えたのですがチームで話すうちにうねるような構造に落ち着きました

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基板も色も制御も特別設計

── それを空間にどう展開していったのでしょう

中森 物理的な接続や配線の課題があってそこに成田さんがエンジニアリング的な視点で加わってくれました最終的に行き着いたのがLEDの基板を1本ずつくねくねと折り曲げながら連続させる方法です

成田 最初は基板同士をケーブルで接続する案も出ましたが構成が煩雑になりノイズも増えるそこで1本のラインで完結する構造にしようと切り替えましたLED基板を最小限のジョイントで折り返し全体として林のような立体をつくったんです

── そのために今回のプロジェクトでは基板から設計したんですよね

成田 はい例えば既製品のテープLEDを使うとコンデンサーや抵抗制御用のICチップなどがむき出しのまま配置されることになるそのせいで光の点ではなくLED基板全体が反射してしまい縦ラインや部品のシルエットが浮き出てしまうんですこれでは林の中に光の粒子が漂っているような空間は実現できません

中森 しかも今回は光そのものに生命っぽさ例えば蛍のような揺らぎや余韻のある明滅を感じさせたかっただからこそ光以外の情報がなるべく見えないことが重要でした既製品のLEDでは限界があると判断し成田さんにお願いして専用基板をゼロから設計してもらいました

── 光のも特別に設計したとか

成田 そうですね一般的なアドレッサブルLEDRGB赤・緑・青を混ぜて白をつくりますしかしそれだと光が反射したときに紫がかって見えてしまったり環境光によって不自然な色になったりするんですそこで今回はあらかじめ特定の色温度にチューニングされたホワイトLEDチップだけを選定しノイズの少ない白色を実装しましたこれによって粒子がより純粋な光として空間に浮かぶようになりました

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プロトタイプエンジニアの成田達哉

── 制御の仕組みも特別なものだったのでしょうか

成田 既製品のテープLED1つのLED部品に対してRGBの三色のLEDICチップが入っています今回のような白一色だけの表現では3チャンネルを同時に制御する必要があり通信・演算コストが高くなってしまいます僕たちが今回使った独自設計の基板では制御系統の数を最小限に抑えていて電力的にもコスト的にも1/3程度に圧縮できていると思います万博は一館あたりで使える電力量が決まっているので省エネという意味でも貢献できたかなと思っています

人間の知覚とどう付き合うか

── 実際に空間として組み上げてみて想定外のことはありましたか

小林 以下小林 とにかく見えないなっていうのが率直な感想でした物流倉庫を1カ月借りて本番と同じスケールでテストしていたのですがシミュレーション上では見えてたものが実際に空間に組んで光らせてみると全然見えなくて

成田 上がってきた映像だけをPC上で見るといい感じに見えているなって思うんですでも現地で肉眼で見るとスケールが違うので脳が処理できてないんですよね何が起きてるのか分からなくなってしまう

── というと

小林 例えば動物が一瞬前を通り過ぎるような動きって見てほしい意図があるのにほとんど認識されていない見た目に特徴が分かりづらい動物はそもそも何か分からないっていう問題もありました

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ビジュアルデザイナーの小林

成田 最初にハシビロコウを入れていたのですが全然わからなくて苦笑誰が見てもこれってなるシルエットに馴染みがないから脳が補完してくれないんですよね

小林 だから途中から見たことのある動物脳内で像を結びやすいものに絞り演出も複雑な動きは避けて何度か前を横切るような繰り返しにしました動物の選定をし直して結構入れ替えたと思います

──どうすれば見えるかどう脳に補完させるかの設計ですね

小林 まさにそうです情報を詰め込みすぎると途端に見えなくなるんですよね特に立体のLEDってあれだけの密度で発光してるからちょっと凝った演出を入れるだけですぐに認知が飽和するだから最終的にはどう減らすかがテーマになっていった気がします

成田 表現を足すより引いていくほうが大事でした知覚されない表現は存在しないのと同じなんですよねそういう意味ではこれは演出の仕事というより人間の知覚とどう付き合うかという設計の話だったと思います

テクノロジーを押し出さないために

── 演出と表現と技術的限界のせめぎあいのようなプロジェクトですが社内でプロトタイピングする部分も多かったのですよね

中森 構造と基板のすり合わせはほとんど立ち話レベルで繰り返していました僕は構造側の発想をベースにモジュール案を考えていたんですけどそこに成田さんがふらっとやってきてこんなLEDの並びもあり得るよとかこの基板のサイズなら納まりそうとか都度見せてくれてそれを受けてじゃあここは保持方法を変えようとかすぐに反映できたのが大きかったです

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成田 構造を変えるたびにケーブルやジョイントをどうするか毎回相談していました内部で即時的に判断できたから例えば出っ張りが目立つから避けたいとかこの長さで収めたいといったリクエストにもリアルタイムで対応できた外部パートナーを挟むとこのやりとりはどうしても遅れてしまうんですよね特に基板設計ではパーツの選定から安全性の担保まで含めて社内で試しながら進められたのが大きかった安全管理も責任範囲が明確なのでリスクを最小限にしながらスピーディーに試せるおかげで構造案と基板の制約がかみ合っていくプロセスをその場で積み重ねることができたと思います

── 特殊なインスタレーションですが過去のプロジェクトでの経験が活かされた場面はありましたか

成田 僕自身以前のプロジェクトでも基板を設計して制御するような仕事はやっていたのでどう試してどこまでだったらいけるかという勘はありました今回使っているアドレッサブルLED信号を1つずつ送るのではなく順番に次へと流していけるプロトコルで制御するタイプなんですけどそこは過去の経験がそのまま活きました

小林 僕はこういうボリュメトリックLEDの空間演出は初めてでした以前センサーとスクリーンの組み合わせた展示を手がけたこともありますがここまで解像度が低く見えるLEDを扱うのは初めてで正直相当大変でしたもうトラウマレベルです

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中森 空間構成や照明の設計はこれまでも自分のプロジェクトで手がけていた分野だったのでそこはかなり意識しました

── 2020年にダイキン工業と組んでミラノサローネで展示する予定だったプロジェクト※コロナ禍で中止では空中に浮かんだバルーンを風の力で静止させたり紫外線LEDを当てることでインクが発光しメッセージが浮かび上がる仕掛けを取り入れていましたね

中森 はいクラスラもそうなのですが照明や空間のしつらえにどれだけ気を配るかでテクノロジーを押し出すかそれとも環境として体験させるかが変わってくるんです万博でも後者をめざしたかったのでLEDそのものが前に出すぎないようにできるかぎり静かに光る環境をつくるよう意識していました

成田 これは中森さんの力が大きいと思っています構造的にはわりとシビアで情報量も多い設計を林の中を歩くような体験に落とし込んでくれました僕らが制御やノイズの話をしている横で空間としての見え方や印象を丁寧に仕上げてくれていたおかげで最終的に技術っぽさを感じさせない空気ができたんだと思いますLEDを林のように配置したことで光の粒子が生えているように見えたという声がありましたXのコメントでこれは考える葦をモチーフにしているのではって考察していた人もいたくらいです

小林 そこまで読み取られるとは思っていなかったですけどでもそういう誤読も成立してしまうような余白がこの作品にはあったのかもしれないですね

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Tatsuya Narita
Prototyping Engineer, Designer, Project Director
多摩美術大学情報デザイン学科卒業2014年よりTakramに参加エレクトロニクスやデジタルファブリケーション技術を用いてハードウェアの開発プロトタイピングを行う主な展示に2010 東京都現代美術館: サイバーアーツジャパン-アルスエレクトロニカの30 21_21 DESIGN SIGHT動きのカガク21_21 DESIGN SIGHTトランスレーションズ展など主な受賞歴にアルスエレクトロニカ賞2009 [the next idea] honorary mentionsなど
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Daiki Nakamori
Industrial Designer, Project Director
素材・造形・構造の探索によるコンセプトの具体化を得意とするデザイナー東京大学大学院にて機械工学のちに千葉大学大学院およびミラノ工科大学で工業デザインを学ぶその後ダイキン工業株式会社でインダストリアルデザイナーとして企画から量産まで一貫して製品開発を担当2018Takramに参加またAATISMO名義でイタリア企業複数社の照明器具デザインも行うiF Design AwardRed Dot Design AwardKOKUYO DESIGN AWARD 2016 グランプリLEXUS DESIGN AWARD 2015 Prototype Winner等受賞主なプロジェクトにHASALOVOT CHAIRなどがある
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Ryo Kobayashi
Visual Designer, Motion Designer
ビジネスとクリエイティブの境界を溶かすビジュアルデザイナー / モーションデザイナー2020年〜22Onesal Studioでナウエル・サルセド氏に師事CGIを駆使したビジュアルデザインとモーションデザインの領域で活躍する映像領域全般及びリアルタイムグラフィクスなどの領域でビジュアルデザイン等を手がけるほかプロダクトビジネスデザインのリテラシーを高めさまざまなアワードを通して活動領域を広めつつある22年よりTakramに参画KOKUYO DESIGN AWARD 2021 TOKYO BUSINESS DESIGN AWARD 2021ともに準グランプリADFEST2021Film Craft: Silver / DigitalCraft: BronzeCANNES LIONS 2017Bronze等を受賞
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いのち動的平衡館
EXPO2025大阪・関西万博シグネチャーパビリオンの展示デザイン開発
TakramEXPO2025大阪・関西万博シグネチャーパビリオン福岡伸一プロデュースいのち動的平衡館の展示企画・開発・デザイン・演出を担当しました繊細で儚い光を実現するための基板回路設計から複雑に重なり合って自立する構造デザインシステム開発CG音楽まで2年半をかけて製作してきました32万球のLEDを使った360度どこからでも見られる円形立体シアターで38億年途切れることなく紡がれてきたうつろいゆく流れの中にある生命を表現しています
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Every Air
Milan Design Weekでのダイキン工業によるインスタレーション
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ON THE FLY for Tokyo Skytree Town Campus
紙の上に文字や映像が浮かび上がるインフォテインメントシステム